福森稲荷神社

京成線青砥駅を降りてすぐ近くにある神社です。旧淡之須村の鎮守。村社なのですが雰囲気の良いところ。地元の方に大切にされているようで、いつ行ってもゴミひとつ落ちていません。

拝殿。あまり広くは無い境内ですがしっかりした雰囲気です。

鳥居前は古木もあっていい気配。正面は中川になります。

珍しい、向かい合って配置されている狛犬さん。通常の門番の位置ではなく、境内の一角に安置されています。赤い紐で結ばれておりなんだかラブラブな雰囲気。色々な事情が有っての事だと思いますが、こんな狛犬さんが一対くらいいてもいいと思わせます。この優しい雰囲気は一見の価値ありです。

・御鎮座  〒125-0062 東京都葛飾区青戸1丁目11
・最寄り駅 京成線青砥駅

大斎原

熊野本宮大社の旧社地、大斎原(おおゆのはら)
熊野古道はここから始まり、ここで終わります。

不思議なまでに安らぎを感じる場所です。
鳥居をくぐって旧社地をを参拝することができます。


山々に囲まれて、かつ開けているという場所です。


この日は最高に天気も良かったです。


かつての参拝者はこの川で身を清めてから参拝したそうです。


河原から大斎原の方を見る。


すぐ近くにある産田社。伊弉尊(いざなみのみこと)の荒御魂を祭っています。

上神明天祖神社

東京都品川区の古社。荏原七福神(えばらしちふくじん)の中の一社。比較的小さな神社ですが、SNSや限定御朱印などの現代的な活動によって参詣者を増やしているとか。海側の荏原神社から出発して荏原七福神も一緒に参拝してきたのですが、来歴がとても興味深い神社です。

・正面鳥居

 

・蛇窪大明神

当社の御祭神は神明との社名から天照大神と分かりますが、古くからの神さまを合わせて、蛇窪大明神とのことです。御由緒を引用します。

鎌倉時代、天祖神社の社殿の左横(現在の消防団詰所付近)に清水が湧き出る洗い場があり、そこに白蛇が住んでいました。
時移り、いつのまにか洗い場がなくなり、やむなく白蛇は現在の戸越公園の池に移り住むようになりました。

あるとき、土地の旧家森谷友吉氏の夢枕に白蛇が現れ「一日も早くもとの住みかに帰してほしい」と懇願しました。
森谷氏はこの話を宮司に伝えて、白蛇をもとにもどすよう願い出ました。宮司は弁天社【琵琶を奏でる姿から音楽や芸術の才能を伸ばし、弁知(知恵)の神、安芸の宮島厳島弁天社の御分霊である弁財天を祀る】を建立することに決め、現在の駐車場地に 池を掘り、池の中央に小島を設け、その中の石窟に石祠を造って白蛇を祠ることにしました。古老の話によれば白蛇を迎える日の夜、いよいよお迎えの祝詞を奉上しようとしたとき、それまでの輝くばかりの星空が一天にわかにかき曇り、雷鳴とともに大風が立ち起こり、そのさまは身のすくむ思いだったということです。

戦後昭和29年に櫻井昌利氏(鳶頭)をはじめ有志の方々の御浄財により、お社は現在地に移され、上屋や弁天池なども造営されました。
また、弁天社の白蛇は真鍋勝氏の手造りにより奉納されたものです。
当地がかつて蛇窪と言われた由来から考えてみても、天祖神社は弁天さまと蛇との密接な因縁があることが理解されます。 私達はこの白蛇にあやかって、平素清浄な心と優しさを持って生活して行きたいものです。 」

http://hebikubo.jp/yurai.html より引用

水が無くなり、龍神が去った伝説は、埼玉県見沼の龍神の伝承を思い出します。
気になったので地形を見てみると…

毎度おなじみ「スーパー地形」で画像を作成しました。右上の2社は品川神社と荏原神社です。中央の2重丸が上神明天祖神社となり、その他が荏原七福神となります。この大きくうねった低地がかつて蛇窪と呼ばれた地形なのでしょう。荏原七福神が興味深いのは意図してか意図せずにか、東から西へと、この「蛇窪」地形を丁寧に遡るようになっていることです(一社だけ外れていますが)。


フラッドマップで更に分かりやすくしてみました。見るからに龍神が住みやすそうな湿地帯という感じです。

荏原七福神自体はお寺と神社の混合という事もあって、正直、お正月以外の季節ではあまり存在感を感じなかったのですが、龍神崇拝の地形という点で手応えを感じることができます。その中でこの地形のほぼ中心にある当社、上天明天祖神社が崇拝を集めるのは宿命的ともいえそうです。総じて龍神系の方にはお勧めの神社です。

・限定御朱印
何も知らずに参拝してきて驚いたのは、とっても人が多かったことです。この日(7月7日)は「蛇窪龍神祭」が行われ、参拝者を集めていました。当社は限定御朱印が人気を集めているそうで、この日も当日のみの御朱印があるとのことで、社務所にもたくさんの人が御朱印を求めて集まっていた様子でした。私はあまり御朱印をもらわない方なのですが…

この日参拝したのもありがたいご縁という事で当日限定の御朱印を合わせて、全部で4つ、授かってきました!
一番左が「蛇窪龍神祭」限定御朱印。七福神巡りでしたので弁財天の御朱印も頂いてきました。考えてみると、7月7日に七福神を巡ってきたんだから、いいことありそう。

それにしても興味深いという他ない地形。この地区はまだまだ未訪問の寺社も多いのでまたいろいろ訪ねてみたいです。

 

・上神明天祖神社
御鎮座 〒142-0043 東京都品川区二葉4丁目4−4−12
公式HP http://hebikubo.jp/

・荏原七福神
大井蔵王権現神社
不動院・東光寺
養玉院・如来寺
上神明天祖神社
法蓮寺
摩耶寺
小山八幡神社
公式HP http://ebara-shichifuku.com/intro/

横綱稀勢の里 横綱碑刻名奉告祭 (更新)

先日、第七十三代目の横綱になった稀勢の里関の、奉納土俵入り及び横綱碑の刻名式が、6月9日10時30分より、江東区深川の富岡八幡宮にて行われます。

境内掲示より。ただいま富岡八幡宮は鳥居と拝殿がメンテナンスの工事中となっております。


境内裏手にある横綱力士碑。これにお名前が刻まれます。


刻名式の準備は既に始まっている様子でした。見に行ける方は是非。

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…2週間後….

刻名式には行けませんでしたが横綱力士碑を再訪しました。見事にお名前が刻まれました。それにしても…照覧あれ、新しき横綱はイバラキ・プリフェクチャーの民、格好良く言うと茨城県民なのである!常磐國に栄光あれ!

…思わず熱くなってしまいましたが、稀勢の里関の益々のご活躍をお祈り申し上げます。

5つのレイラインと夏至のレイラインワーク

https://goo.gl/maps/cw9ZLcv3oUU2

これまでに回ってきたレイラインを振り返ります。参考のためにGoogleマップをご用意しました。地図上で辿るだけでも意識に変容が起こります。是非確かめてみてください。(至らぬ点もありますが旅先で書いているためマップを編集できません。ごようしゃくださいませ)。

1 『大地の道』

玉前神社ー寒川神社ー富士山ー伊吹山ー元伊勢ー出雲 

東西をまっすぐに貫く、春分、秋分の御来光の道。これは物事の基盤、グラウンディングを示し、全ての基礎となる。

2 『形の道』
熊野大社ー伊奘諾神宮ー元伊勢ー伊吹山ー伊勢神宮

いわゆる近畿の大結界。五芒星の形はそのまま形の世界が現れた事を示す。意味合いとしては五芒星の形から自然に連想されるもの(ミクロコスモス)。 
3『生命の道』

常神ー鵜の瀬ー若狭彦神社ー若狭姫神社ー上加茂神社ー下加茂神社ー春日大社ー丹生川上神社ー天河大弁財天社ー玉置神社ー熊野大社ー熊野那智大社

近畿の大結界の中心を貫く水源を辿る道。水はそのまま生命の素でもあり、形と生命が結びつく事で生命体が生まれる。

4『天空の道』

鹿島神宮ー(環状列石群)ー羊蹄山

鹿島神宮の真北には羊蹄山があり、その間には多数の環状列石(ストーンサークル)がある。この日本最長の南北線は本質的には真っ直ぐに宇宙の中心を指している。つまり根源であり、それと共に大地と宇宙の結びつきを示している。最も微細なエネルギーのラインであり、前回は冬至にこのラインを回ってきたが、これはいささか過激な試みだった。冬至に回るのがエネルギーが高く最善だが厳密には季節性のないライン。

5 『太陽の道』

鹿島神宮ー江戸城天守閣ー富士山ー伊勢神宮ー阿蘇山

夏至の太陽が貫く最長のレイラン。間に富士山をはさみ、伊勢神宮まで到達する。伊勢神宮自体は夏至祭を特に祝わないが、これは伊勢神宮全体が太陽の現し身であり、それは地上に降ろされた太陽の機関そのものであるため。

このレイラインはいせじんぐうで終わるわけではなく、最後まで追跡する必要がある。ここまで長いと観念的なラインになってしまうが、概ね九州南部が到達点であり、照応する場所は阿蘇山か霧島神宮であろう。

(ここに書かれたことは私のインスピレーションであって、どこか他に書いてあったり根拠があるわけではありません。あくまで主観です)
…と長い話になってしまいましたが、今度の夏至のレイラインワークは九州南部から一気に東進し、陸路で東京まで帰ってきた後、そのまま夏至の夜明け前の鹿島神宮まで赴き、レイラインを完成させます。ここで遠隔セッションを行いますが、これは夏至のレイランを貫くエネルギーと共に、5つのれいらんを統合したエネルギーセッションとなります。あまり人間向けのエネルギーとも思えませんが、きっと大丈夫でしょう。これまでのの集大成、お付き合いいただければ幸いです。

興味のある方はお申し込みページからお願いします。料金はお気持ちとなります。

宮島SA 厳島神社 遥拝所

ご縁を頂いて、現在陸路にて屋久島に向かっております(まだ着いてません)。その途中で素敵な場所を案内して頂けました。

・山陽自動車道 宮島サービスエリア(下り)
ここのサービスエリアには突如として大きな鳥居があります。(扁額は交通安全とある)その向こうには…

なんと宮島を一望できます!高くそびえるのが弥山ですね!

サービスの良い事に望遠鏡まで設置してあります。有名な鳥居を目視することができました。

サービスエリアとはいえ完全な遥拝場。とてもありがたい場所です。

地理的にはここいらへん。

実は私にとって厳島神社はとても参拝したいのですがまだ行けていない神社です。いつかは参拝できると良いのですが。

でも本日はこうして遠くから拝してもとても神々しく、ありがたかったです。今日のところは先を急ぐ事になりました。

宮島SA

白山神社 文京区あじさい祭り

文京区の白山神社で6月10日から17日まで、毎年恒例の文京区あじさい祭りが行われます。

http://www.city.bunkyo.lg.jp/ajisai.html

折りしも丁度梅雨入りしたころなので、あじさいも見ごろかと思います。
特筆すべきなのは普段は入れない白山神社裏手の富士塚がこの期間だけ開放されるという事。
もともと古墳だったという話もあり、こちらもぜひ見ておきたいところです。

白山神社 
・御鎮座 文京区白山5-31-26
・最寄り駅 都営地下鉄三田線 白山駅  

三社祭 浅草神社

今日は浅草の三社祭に来ました。三社祭は浅草神社のお祭りです。やはりお祭りの時は雰囲気が違う。

謎の神 櫛眞智命

馬橋稲荷は不思議な神社で、その名前からお稲荷さんと思って参拝すると非常にびっくりさせられます。透明だけど輝く、とても整ったエネルギー。たとえて言うと、輝く水晶の中にいるような…その限りない明るさに触れることはとても心地よい参拝経験でした。初めて行ったときは御祭神のことは何も知らず、二度目に呼ばれていった時も何も調べていかなかった!(すみません)。その時もよい参拝だったのですが、流石に無知を恥じていろいろ調べてみると、当社本殿御祭神「御岳社}の「大麻等能豆神」が、延喜式神名帳によると「櫛真智命」の元名と知って、非常に驚かされたのでした。

このお名前なら伺ったことがあります!櫛眞智命(くしまちのみこと)は、太占(鹿の骨を焼きそのひび割れで吉兆を占う)を司る神様で、大和国の天香久山(あめのかぐやま)神社という非常に重要な神社の御祭神である神様です。お名前の意味は「大いなる、真実を知る神」という意味合いでしょう。しかしその他のことは、ほぼ何も言い伝えがありません。記紀(古事記・日本書紀)には出てこず、神々の系図にもその名は載っていません。ただ、延喜式神名帳に天香久山神社の御祭神として記述されているだけです。名前の付け方から、出雲系なのではないかと推測できる程度ですが、おそらく伊勢でも出雲でもないのでしょう。男か女かでいうと、「ひめ」とついてないので多分男なのでしょうが…。およそ逸話や伝説、プロフィールの伝わらない、謎というほかないミステリアスな占いの神様です。

延喜式神名帳には「武蔵国多摩郡」にも「大麻止乃豆乃天神社」があるとされ、それがどの神社を指すのかは確定していませんが、いくつか候補(論社)があります。

・武蔵御岳神社(青梅市)
・大國魂神社(府中市)
・大麻止乃豆乃天神社(稲城市)

いずれも多摩川沿いの神社です。武蔵御岳神社では新年に太占の神事があり、その太占の系譜を今に伝えるのですが、武蔵御岳神社は狼の神様。大口眞神の影響が強いところで、櫛真智神のことはあまりわかりません(新年の太占の神事及びその場所は一般に公開されていません)。大國魂神社は武蔵国総社の位置づけであり、稲城市の大麻止乃豆乃天神社もいまいち確証に欠けました。結局この三社にお参りしても櫛眞智命のことははあまり良くわかりませんでした。

主観的な感覚の他は何も証明できないのですが、その謎の神様と、論社ではない馬橋稲荷神社の謎のエネルギーとが結びついて、自分としては腑に落ちた思いがしたのでした。あえてこの神様の雰囲気を身近に例えると、フィリップ・K・ディック原作のSF映画「マイノリティ・リポート」に出てくる、未来を予知する存在『プリコグ』に非常によく似ていると思いました(全然身近じゃない?)この映画は少し古く、とてもよくできた映画なので見た方も多いと思いますが、とってもおすすめの映画です。未来を見ようとする営為は常にどこか…。

ひょっとしたらこの神様は身体としては存在しなかったのかもしれません。太占の占者に降りる天使的存在だったのかも。時空を見通せるほど透明な存在は個性を持たず、プロフィールも透明に近づいていくのかもしれない。それは悲劇的な献身にも見える。しかし今もその神様は存在し、こうして邂逅があったことに、深い感謝を覚えるのでした。

上総国一之宮 玉前神社

上総国一之宮 玉前神社(たまさきじんじゃ)に参拝してまいりました。御祭神は玉依姫命。古くの御神名は『天明玉命』(あめのあかるたまのみこと)海神もしくは海に降り立った玉の神様だそうです。平成の大修理という事で平成19年から拝殿本殿と工事中でしたが、今年の三月にいよいよ工事も終わり黒漆塗りの御本殿を参拝できました。仮殿から本殿へのご神体のご遷座は4月に行われるそうです。


正面鳥居です。


海の方を向いている鳥居


御神水をこちらで頂けます。

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神社の場所はやはりしっかりとした地盤の高地に立っています。かつてはすぐ近くまでが海だったのでしょう。

御鎮座 千葉県長生郡一宮町一宮3048
最寄駅 JR外房線上総一之宮駅
公式HP http://www.tamasaki.org/

当記事の参考文献 「日本の神々ー神社と聖地」谷川健一 編 第十一巻

・九十九里浜 一宮海岸

玉前神社というと、ご来光の道という春分の日のレイラインの起点として非常に重要です。浜までは3キロほどありますが、レイラインを辿る人ならここまで足を延ばしたいところ。やはり春分夜明けに訪れるのが一番いいかも。


この浜から真東に出雲大社があります。間には寒川神社、富士山、伊吹山、元伊勢があり、日本のバックボーンともいえるレイラインです。今回はこれらすべてを歩み通して、やっとたどり着けました。始まりの場所です。


浜を背に東を向いたところ。


個人的な感慨は深かったのですが、そんなことも忘れてしまう程ものすごく奇麗な場所でした。時間を忘れてしばらく佇んでしまいました。

御朱印あれこれ

御朱印は集めてますか?最近は御朱印を頂くことも増加の傾向にあるとかないとか。神社ブームというやつですな。個人的にはあんまり流行っているところを見たこともないのですが。いずれにしても御朱印を頂くことは尊いことで、どうぞ心行くまでなさって欲しいのですが、どんな時に御朱印を頂けばいいかは御朱印の本来的な定義からすると明白です。

御朱印とは納経、すなわちお経(もしくは神拝詞)を納めることが第一にあり、その手間を代替わりすること、もしくは納経したことの証として、代わりに心付けを納め、墨書きと印を頂くというが今日の形式となっています。つまり、御朱印とは頂くのではなく納めるもの。それはしっかりとした参拝、崇拝の目的意識があって行われることであって、連続参拝などのような修行的な性質の参拝の時に頂くのがすっきりします。あまり意識されにくいことですが、こうしたことが普通のお札やお守りを頂くこととの違いになります。御朱印そのものに執着しても意味はほとんどありません。時々、御朱印は参拝を終えてから来てくださいという神社があるのですが、それは御朱印の本義を第一にされているのでしょう。この辺をはっきり理解しておけばあまり無作法なことをしなくて済むでしょう。

私自身はあまり御朱印に興味がなくて、手元の御朱印帳をみると最初の一冊を終えるのになんと6年かかっていたのですが、去年はレイラインワークという修行モードで参拝しまくって来ましたので、3か月で1冊分の御朱印を頂いておりました。20倍以上のペースでした(^^;)

そうはいっても、御随意のままに。御朱印を頂くこと自体はとても楽しいことでもありますね!私も最近になってその良さがわかってきました。これからはなるべく頂いてこようかとも思っています。

王子稲荷の初午祭

今年の2月12日は初午で、全国の稲荷神社ではお祭りとなります。最近、参拝した王子稲荷神社、装束稲荷神社に改めて参拝してまいりました。
やはり両社は連結しており、装束稲荷神社、王子稲荷神社の順番で参拝すると良いでしょう。最初に参拝して以来、なぜ装束、着物を調えるという伝承が起こったのかという事を考えていたのですが、この日参拝して解った事は…

・稲荷の眷属神である狐も成長するサイクルの中にいます。このような都会の中にある狐にとっては、神と人間との間を取り持つ事を主な仕事としており、非常に人間に近いところで活躍しています。そのような功を積むことで成長し、眷属神として進化していきます。

・その結果として正装して稲荷神社に登るという現象が生じたのでした。正装というのは狐神にとっての出世のシンボルであり、晴れがましいことなのです。ですので、初午や大晦日などのお祭りに、人間が装束稲荷神社を通って王子稲荷神社に参拝するという手間を取ってくれる事は、とても嬉しく感じるようです。

…という事が情報として降りてきたのでした。そのことから、ご利益は衣服だけでなく、出世にも力を貸してくれるとのことでした。それらはさておくとしても、とっても楽しい参拝でした!このうきうきした感じは、割とこの神社特有です(^^)

装束稲荷神社は普段は人がいないのですが、この日はお世話をする方がいます。
正面の扉を開けているところをお参りできました。普段は頂けないお守りなども授けていただけます。

 

その後、王子稲荷神社へ参拝。非常に沢山の参拝者で賑わっていました。

王子稲荷拝殿の様子。逆光で映り込みが生じてしまったのですが、混んでいて取り直す余裕がありませんでした。すみません…。あと王子稲荷は上の方に奥宮がありますのでそちらも参拝してください。

王子神社の初午は火防の凧で有名なのですが、今回は装束稲荷神社の方で頂いてきました。やっぱりとってもかわいいです。

鹿島神宮 東の一の鳥居

1月28日(旧暦新年)に鹿島神宮に行って来ました。
しばらく日本のレイラインを辿ってきましたが、ここは重要な結節点なので、訪れることができて嬉しかったです。


正面の大鳥居です

・御手洗池

鹿島の御神水が湧き出す場所。禊場でもあります。

・要石

 

・奥宮


奥宮の裏手のご神木。地元の方にパワースポットだと教えていただきました。

・東の一の鳥居

鹿島灘に面する明石海岸にある鳥居。鹿島神宮からは4キロ近く離れたところにあるので訪れる人も少ないですが、レイラインの追跡者ならば来なければならないでしょう。震災を受けて堤防が増設されたので、鳥居をまっすぐ通り抜けることが出来なくなっています。堤防は人よりも高く、とても登れません。


しかし右手を見ると、あらよかった階段がある。


浜側から見た鳥居。ちょっと息苦しくはありますが、上の方は抜けているから神様的にはぎりぎりセーフか。


鹿島灘を一望できます。夏至の太陽のレイラインの起点となる浜なので、その日に来れればいいですね。


なんにせよ素晴らしい場所であることは間違いありません。鹿島立ちの証として訪れるのもいいですね。
徒歩で行くのはきついけど。

 

芝丸山古墳

芝丸山古墳は東京都港区芝公園の一角にあります。近代にいたるまで古墳とは知られていませんでした。江戸時代ぐらいまではただの丘と思われていたようです。名前は伝わっていませんが5世紀ころの王族の墓ではないかと言われています。明治時代に至り発掘調査によりいくつかの遺物が出土しましたが、はっきりしたことは判っていません。

エネルギーとしては、古老の存在を感じられる叡智的な場所です。言葉は慎重に使わなければなりませんが、この遺跡は今も生きています。ですので登頂には慎重さが必要です。敬意と穏やかさをもって訪れたいものです。登らなくても場所の力は受け取れますので。


前方部と思われる場所。


後円部にかけて。


毎度おなじみの「スーパー地形」による表示。いわれてみると確かに古墳であるという風に見えます。


古墳のくびれ部分にある円山随身稲荷神社。江戸守護の増上寺の、さらに裏鬼門を守るお稲荷さんとのこと。とても静謐な神社。


頂上部には伊能忠敬が全国測量に出発した際の最初の基準点があったとのことで、その記念碑があります。おそらく当時は海岸線まで見通しのきく場所だったのでしょう(最初の地図は海岸線を測量することから始まりました)。

いずれにせよ、解けない謎があったとしたらここを訪れるのもいいでしょう。賢者がふっとヒントをくれるかもしれません。

御鎮座 東京都港区芝公園4-8

王子の神社

今年の初詣に行って来ました。それでも仕事の帰り道にやっとという感じですが。
王子駅を中心に三社参拝してきました。

・王子神社


いつ行っても揺らぐことのない、凛としたものを感じる神社。近くに用がある度に行きたくなります。
駅から歩くと裏手から入ってしまうので回り込んで正面の鳥居から入るといいですね。

御鎮座 〒114-0022 東京都北区王子本町1丁目1−12
公式HP http://ojijinja.tokyo.jp/

・装束稲荷神社

この近くにある古社、関東の稲荷総社である王子稲荷神社に、狐さんたちがお参りする前に榎の大木の下で正装を整えたという言い伝えが由来の神社。小さい神社ですが近年は伝説に基づくお祭りも盛り上がり、崇敬の念も高まっているとか。ファッションや服装のご利益があるという。確かに他では感じたことのない、なんというかキュートさを持った神社です。好きな人はとっても好きかも。


狐さんも凛々しい感じ。

御鎮座 〒114-0002 東京都北区王子2丁目30−14

・王子稲荷神社

関東稲荷総社。お稲荷さんとしては物静かな印象。2月の初午前だからでしょうか。本殿しか参拝できず、時間も遅かったので、もう一度行ってみようと思いました。

御鎮座 〒114-0021 東京都北区岸町1丁目12−26

今年一年に参拝した場所および、冬至について

今年一年はかつてないほど、しかも二至二分(夏至、冬至、春分、秋分)の時にかけて、日本中を回った年になりました。初めて九州と四国の地に足を踏み入れましたし、富士山、出雲、伊勢、元伊勢、熊野と、たくさんの聖地を訪れることができました。御同道とお導きを頂きました皆様に心より御礼申しあげます。

明日は冬至ということで、もう一か所参拝してまいりまして一年の締めくくりとしたいと思います。これに伴いまして、深夜0時にセッションを行います。一年に周りました場所の総合的なセッションとなりますので是非お付き合いくださいませ。セッション料金は無料です。コンタクトページよりお申込みください。正式な告知は明日の更新で行います。

2016年に参拝、参詣した場所一覧(関東地方は除く)

・諏訪地方(春分にかけて)
諏訪大社下社秋宮
諏訪大社下社春宮
諏訪大社上社前宮
諏訪大社上社 本宮
御頭御社宮司総社

・富士山系
北口本宮冨士浅間神社
新屋山神社
新屋山神社奥宮
魔王天神社
富士山本宮浅間大社
湧玉池
富知神社

・九州 屋久島
益救神社

・伊勢地方(夏至にかけて)
二見興玉神社
伊勢神宮 外宮
伊勢神宮
瀧原宮
瀧原浅間山
伊雜宮
磯部の御神田
猿田彦神社
皇大神宮別宮月讀宮
月夜見宮
倭姫宮
隆子女王の墓
史跡公園(斎宮跡地)
斎宮歴史博物館
麻續神社
織殿神社
神麻続機殿神社
神服織機殿神社

・出雲地方(9月1日 日食にかけて)
出雲大社
素鵞社
稲佐の浜
古代出雲歴史博物館
日御碕神社
玉作湯神社
須我神社
八雲山
熊野大社
八重垣神社
神魂神社
売布神社
揖夜神社
黄泉津比良坂
真名井神社
真名井の滝
六所神社
出雲国庁跡
多気神社
佐太神社

・四国
忌部神社
金比羅神社
伊弉諾神宮(遥拝)

・伊吹山系(秋分にかけて、熊野まで)
泉神社
伊夫岐神社
伊吹山山頂
三之宮神社

・元伊勢
元伊勢外宮 豊受大神社
猿田彦神社(二俣)
元伊勢内宮 皇大神社
天岩戸神社

・若狭地方
常神社
瓜割の滝
若狭姫神社
若狭彦神社上社
神宮寺
鵜の瀬

・京都
貴船神社奥宮
貴布禰総本宮貴船神社
賀茂別雷神社
賀茂御祖神社
晴明神社
神泉苑
八坂神社

・奈良
東大寺 二月堂
春日大社
石上神宮
狭井神社
大神神社
等彌神社
宇太水分神社
丹生川上神社上社
丹生川上神社中社
丹生川上神社下社
龍泉寺
ごろごろ水
天水分神社
天河大弁財天社

・熊野
玉置神社
熊野本宮大社
大斎原
熊野速玉大社
神倉神社
那智の瀧(飛瀧神社)
那智山青岸渡寺
那智山青岸渡寺三重塔
熊野那智大社
補陀洛山寺
那智海水浴場

富岡八幡宮(更新)

自宅から行きやすい所にあるので何度も行っている神社です。 歴史と文化の蓄積が豊かな八幡様。
御社殿は戦災でうしなわれた事もありますが、御神威は今も揺らぐことなく伝わっています。境内社、摂社を中心にご案内します。

・七渡神社

境内社七渡神社。八幡神が勧請されるまえからの地元神。ゆったりとした海の神様。

・花本社

松尾芭蕉を祭った神社。松尾芭蕉は深川に長く住んでいたからだとか。深川は番衆の隠れた拠点だったのかとも思える。

・横綱力士碑
 
歴代の横綱の名前が刻まれた石碑。その際の奉納土俵入りは見応えががあります。。

こちらは大関力士碑。

・伊能忠敬像

伊能忠敬の崇敬が篤かったことから、それを記念するもの。三角点もある(すてき)。


・御神輿


 

・天皇陛下の御歌

この辺りは特に戦災が大きかった場所です。

・徳壽神社

富岡八幡宮からは少し離れたところにある神社。江戸時代から伝わる神社だそうですが、近年土地の所有者から土地を含めて奉納され、富岡八幡宮の末社となったとか。珍しい飛び地境内社となっている。柔らかい優しい雰囲気の神社です。

御鎮座 江東区永代2-18-2

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忌部神社 (更新)

徳島市のもう一つの神社、忌部神社に参拝しました。御祭神は天日鷲神(あめのひわしのかみ)。阿波国を開拓した神様です。この神社は金刀毘羅神社を登って行ったさらに上にあり、一つのお山に別の神社が二つあるというとても珍しいかたちになっています。歴史的には忌部神社の所在地が変遷した結果のようです。
エネルギー的には非常に独特でした。

御鎮座 徳島県徳島市二軒屋町2丁目48
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伊吹山 山頂

滋賀県にあります伊吹山山頂に登ってお参りました。伊吹山は春分、秋分の日のレイライン上にあるお山です。秋分に向けて準備をしています。まだまだ家には帰れない…

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写真は山頂の日本武尊像です。