「呼ばれる」感覚

「神社に呼ばれる」とは、何らかの必要性や必然性が生じて神社に参拝しないといけない様な気持ちがしたり、実際にいつのまにか参拝してしまっていることの表現で、実際に物理的な声が掛かるわけではありません(あたりまえか)。人によっては強制的な感覚があるかもしれません。例えると、運転免許の更新ハガキが届いたような感覚があります。わくわくするのか面倒に感じるのか、個人によって様態は様々です。後になって「呼ばれていた」ことが分かる事もよくあります。それでもパターンはあるようです。

1 直観によって呼ばれている感じがする、または行かなければならないような感情がおこる。夢に見る。

2 人間関係を通して、旅行や出張など、いつもは行かない場所に招かれる。

神社やお寺にくわしかったり、直観が発達していると1のパターンで呼ばれることになることが多いようです。通りがかりの場所に呼ばれる事もあります。

直観をあまり重視しないタイプの人でも、2のパターンで呼ばれている事も多くあるようです。

問題は呼ばれたらどうするのか、ということなのですが、こればかりはすっ飛んでいくほかありません…。たとえ理由がわからずとも。たいていの場合はご本人の為になりますので(^^;)

お賽銭あれこれ

これまで結構たくさんの神社を参拝してきたのですが、ご神前に向かって未だに悩むのがお賽銭の額です。
私の先生は、神社といえどもその場を維持するにもお金はかかり、ご奉仕されている方にもお給料は必要なのだから、人としてまっとうな額、すなわち、ご縁があるから5円とか、自分の名前に1が入っているから、いちえ〜んとかじゃなくて、100円程度はお納めするべきであると仰っていて、私も基本的にはそうしているのですが、いやしかし、そんな調子で、五社だ十社だ摂社だ末社だとお参りしていると、お金などあっという間に尽きてしまいますな。

そんなある夏(10年前くらい)の夕暮れ。その日の連続参拝を終えて最後のご神前でのこと。「本日も一日ありがとうございました。しかしこの100円は本来ならお納めすべき所、これがないと上野まで歩いて帰らねばならないのでございます。どうかお目こぼしを…」とかなんとか言っているうちに手を滑らせてチャリ〜ン!「し、しまった!」しかしまさかこのお賽銭間違っていれたから返してくれなんて言えません。そんな事言える人がいたらその人はきっと天下人です。しょうがないか…と肩を落として境内をでて、長丁場になりそうだからとりあえずジュースでも飲むか…と近くの自販機立ち寄った所、キラリと光る100円玉が落ちているではありませんか!この時ばかりはこれぞご神恩か、と涙したのでした。結局の所その硬貨もお賽銭にして、歩いて帰ってきたのですが、それはそれとして、お賽銭というのは、無けりゃ無いで入れなくても良いんだと言う神様からのメッセージだったのでございました^^;。

気にせず好きな額をお賽銭とすれば良いのだと思います。良いご参拝を!

近況と7月の予定(7月10日更新)

屋久島・伊勢から戻った後、すっかり風邪を引き込んでしまいまして、旅で体力を使っていたこともあって、回復にかなり時間がかかってしまいました。その後風邪からはすっかり良くなったのですが、根底的なミューテーションの期間に入っている様なのか、ぼーっとして、なかなか生産性が上がりません。ただ、今迄受けた事のないヒーリングを受けたりと、変化とともにいろいろな事が起こっています。

7月10日更新

大分体調が落ち着きましたのでセッション可能日を更新しました。よろしくお願いいたします。

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赤= 通常セッション日
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黄= 受付終了

7月のベーシック遠隔ヒーリング

告知を忘れていて大変申し訳ありません。7月もベーシック遠隔ヒーリングを実施いたしますので、ご希望の方はお申し込みをお願いいたします。本日0時から最初のセッションとなります。毎週日曜日のセッション予定となります。

よろしくお願いいたします。

ゆうまこと