東京都品川区の古社。荏原七福神(えばらしちふくじん)の中の一社。比較的小さな神社ですが、SNSや限定御朱印などの現代的な活動によって参詣者を増やしているとか。海側の荏原神社から出発して荏原七福神も一緒に参拝してきたのですが、来歴がとても興味深い神社です。

・正面鳥居

 

・蛇窪大明神

当社の御祭神は神明との社名から天照大神と分かりますが、古くからの神さまを合わせて、蛇窪大明神とのことです。御由緒を引用します。

鎌倉時代、天祖神社の社殿の左横(現在の消防団詰所付近)に清水が湧き出る洗い場があり、そこに白蛇が住んでいました。
時移り、いつのまにか洗い場がなくなり、やむなく白蛇は現在の戸越公園の池に移り住むようになりました。

あるとき、土地の旧家森谷友吉氏の夢枕に白蛇が現れ「一日も早くもとの住みかに帰してほしい」と懇願しました。
森谷氏はこの話を宮司に伝えて、白蛇をもとにもどすよう願い出ました。宮司は弁天社【琵琶を奏でる姿から音楽や芸術の才能を伸ばし、弁知(知恵)の神、安芸の宮島厳島弁天社の御分霊である弁財天を祀る】を建立することに決め、現在の駐車場地に 池を掘り、池の中央に小島を設け、その中の石窟に石祠を造って白蛇を祠ることにしました。古老の話によれば白蛇を迎える日の夜、いよいよお迎えの祝詞を奉上しようとしたとき、それまでの輝くばかりの星空が一天にわかにかき曇り、雷鳴とともに大風が立ち起こり、そのさまは身のすくむ思いだったということです。

戦後昭和29年に櫻井昌利氏(鳶頭)をはじめ有志の方々の御浄財により、お社は現在地に移され、上屋や弁天池なども造営されました。
また、弁天社の白蛇は真鍋勝氏の手造りにより奉納されたものです。
当地がかつて蛇窪と言われた由来から考えてみても、天祖神社は弁天さまと蛇との密接な因縁があることが理解されます。 私達はこの白蛇にあやかって、平素清浄な心と優しさを持って生活して行きたいものです。 」

http://hebikubo.jp/yurai.html より引用

水が無くなり、龍神が去った伝説は、埼玉県見沼の龍神の伝承を思い出します。
気になったので地形を見てみると…

毎度おなじみ「スーパー地形」で画像を作成しました。右上の2社は品川神社と荏原神社です。中央の2重丸が上神明天祖神社となり、その他が荏原七福神となります。この大きくうねった低地がかつて蛇窪と呼ばれた地形なのでしょう。荏原七福神が興味深いのは意図してか意図せずにか、東から西へと、この「蛇窪」地形を丁寧に遡るようになっていることです(一社だけ外れていますが)。


フラッドマップで更に分かりやすくしてみました。見るからに龍神が住みやすそうな湿地帯という感じです。

荏原七福神自体はお寺と神社の混合という事もあって、正直、お正月以外の季節ではあまり存在感を感じなかったのですが、龍神崇拝の地形という点で手応えを感じることができます。その中でこの地形のほぼ中心にある当社、上天明天祖神社が崇拝を集めるのは宿命的ともいえそうです。総じて龍神系の方にはお勧めの神社です。

・限定御朱印
何も知らずに参拝してきて驚いたのは、とっても人が多かったことです。この日(7月7日)は「蛇窪龍神祭」が行われ、参拝者を集めていました。当社は限定御朱印が人気を集めているそうで、この日も当日のみの御朱印があるとのことで、社務所にもたくさんの人が御朱印を求めて集まっていた様子でした。私はあまり御朱印をもらわない方なのですが…

この日参拝したのもありがたいご縁という事で当日限定の御朱印を合わせて、全部で4つ、授かってきました!
一番左が「蛇窪龍神祭」限定御朱印。七福神巡りでしたので弁財天の御朱印も頂いてきました。考えてみると、7月7日に七福神を巡ってきたんだから、いいことありそう。

それにしても興味深いという他ない地形。この地区はまだまだ未訪問の寺社も多いのでまたいろいろ訪ねてみたいです。

 

・上神明天祖神社
御鎮座 〒142-0043 東京都品川区二葉4丁目4−4−12
公式HP http://hebikubo.jp/

・荏原七福神
大井蔵王権現神社
不動院・東光寺
養玉院・如来寺
上神明天祖神社
法蓮寺
摩耶寺
小山八幡神社
公式HP http://ebara-shichifuku.com/intro/